Character Design & Animation Studio
3dsMax→Blenderに移行中  オリジナルアニメーションを制作しています


■ 愛玩怪獣2020
 TVシリーズ全50話を本来の姿に再編集
新作カットを追加した<完全版>

about

​株式会社シモグミ
 2008年3月11日設立 資本金300万円 
   〒165-0026  東京都中野区新井5-16-10第8さかえビル

お問い合わせ > postmaster@simogumi.co.jp


<代表プロフィール>
下山真吾 1965年東京生まれ 千葉育ち 

両親とも秋田県湯沢市出身 戦中後期派。父は本家長男、旧制中学でグライダー乗り しかし視野角検査で出征せず。同期は最後の特攻隊世代(多くを語らず)。母方祖父は大型バイクをメンテして乗っていた戦闘機設計技師。祖母から、母がバイクに乗って少しやんちゃなエピソードがあったことを寝物語でこっそり知る。母は戦争末期、祖父の単身赴任にひとりくっついていき、大磯(たぶん海軍航空技術廠)へ。空襲警報のたび練習用複葉機を押して退避させたり、東京大空襲のとき東の空が真っ赤に燃えているのを見た話は、毎年の終戦記念日にすいとんを食べさせてくれながら語り続けた。戦後、両親は東京へ駆け落ち。混沌の中で夫婦生活をはじめ、父は油まみれで働き(母談)のちに高分子樹脂(FRP)プラント設計施工会社 日本高分子工業株式会社代表に。
>ここから自分 戦後の香り残る1965年大田区山王にてひとりっ子として生を受ける。映画好きの両親のおかげで幼少から古い映画に接す。父が伊藤左千夫『野菊の墓』を愛読していたこと、1965年にその文学碑が作られたことが(たぶん)きっかけとなり、作品舞台となった千葉県松戸市下矢切(矢切の渡し、野菊の墓がある・寅さんの柴又と、江戸川を挟んだ対面)に引越。物心ついた頃から砂場で恐竜おもちゃと雑草と木の枝でジオラマ作り開始。ビューファインダーカメラで撮った写真のピンぼけを解消できないまま幼稚園時代を過ごす。近所の美術家アトリエで様々な画材を使った自由な画風を学び、小1のとき従兄弟が描いたパラパラ漫画に衝撃を受け全教科書の隅に棒人間を描きまくる。小3夏休み自由課題で薄めの恐竜図鑑を一冊模写し幼稚園時代・砂場のリベンジを果たす。小4のとき父が突然揃えた8mmカメラと映写機で撮影&四畳半家族上映会。小5で流山へ引越・転校、後にJUN SKY WALKER(S)を結成する伊藤 毅と親友になり主にプログレとハードロックを教えてもらう。小6(1977年)ヤマトブーム直撃、アニメやSF映画のつくりかたに本格的に興味を持つ。中1でTVアニメ再放送を観まくり、レイアウト、作画タイミングなどで原画マンの名前がわかるようになる。中2のとき毎日新聞日曜版で連載されていた松本零士氏のイラストコーナーに採用されコメントを頂く。高1(1983年)映画クラッシャージョウ公開にあわせた毎日新聞日曜版の企画で安彦良和監督インタビューに応募し当選、喫茶店で他数名の中高生とともに憧れのクリエイターとはじめてお会いする機会を得た。


1986年〜千葉工業大学工学部建築学科 1989年〜同大学院(建築学専攻) 元 宇都宮大・宮澤鉄蔵教授の建築計画論文(地方小都市におけるアメニティとアイデンティティの研究)発表手伝いにて、数量化Ⅲ類を使った調査研究手法、リレーショナル・データベースの概念を知る。院後半は建築史家・放送大学名誉教授 本間博文先生に師事、当時国内に数台しかなかった最新のUNIXワークステーション(HP9000)にて3DCAD / CGシステムを習得する機会を得、建築プレゼンテーション手法として黎明期のCGを学ぶ。同時期、大学サークルにて8mm film自主制作アナログアニメを制作、日本のアニメ技術(演出、リミテッド作画、撮影手法など)とCGの融合を試し始めた。


1992年 鹿島建設 設計エンジニアリング総事業本部 技術部入社
リレーショナルデータベースを搭載したCAD運用によるファシリティプログラミング部門に配属後、社内プレゼンテーション部隊に居候。のちにグループ映像制作会社㈱カジマビジョンへ志願し出向、デジタルスタジオを立ち上げ、実写・CGを使った大型展示映像等多数制作。その後、鹿島グループ広告コンテンツ制作会社㈱ピー・アール・オーへ異動。子会社最年少の役員となる。東京モーターショーなど大型映像、35mmフィルム立体映像、ドーム映像、ライドシミュレータ用映像、プラネタリウム投影映像、プロジェクションマッピング映像などを実写映像まで含め多数制作。大林宣彦監督のTVドラマ『淀川長治物語サイナラ』にてVFX担当。鹿島建設のプレゼンテーション部隊を駆り出し大正時代の神戸の街並みをマットペインティング+3Dで再現。


1999年 鹿島社内でインターネットが本格的に導入開始。他業界でも同時に整備が開始され始めた頃。広告制作大手に努めていた親友からWebコンテンツの相談に来られていた東京ムービー(翌年トムス・エンタテインメントに商号を変更)幹部の方々を紹介され、念願だったアニメーションの世界と邂逅。ルパン三世NETWORK、モンキー・パンチ原作Flashアニメ「一宿一飯」、ルパンOVA『生きていた魔術師』に参加。

2001年 劇場作品「それいけ!アンパンマン ロールとローラ うきぐも城のひみつ」 CGオープニング 演出・絵コンテ(共同)

2003年 TVシリーズ『京極夏彦・巷説百物語』OP & ED 演出・絵コンテ・編集にてピン演出デビュー

2004年  国立民族学博物館「21世紀のアラビアンナイト展」展示映像 モンキー・パンチ原作/おおすみ正秋監督・脚本によるフルCG作品『ヤング・シェヘラザード』に助監督・絵コンテを担当し制作。TVシリーズ『BUZZER BEATER』 OP & ED 演出・絵コンテ・編集

2006年  TVシリーズ『スキマの国のポルタ』和田敏克監督が編み出した独特な切り絵 CGの各話制作
IMAX3D立体映像『名探偵コナン コナンvsキッドSHARK&JEWEL』 CG制作

2007年  PS2ゲーム SCE『SIREN:New Translation』ムービーパート 絵コンテ・演出


2008年  TVシリーズ『スケアクロウマン』国内30分番組で初めてのフルCGアニメシリーズのひとつ。竹内啓雄監督のもと、副監督として開発から全面参加。アニメ演出、絵コンテを鍛えられこの作品をきっかけに仲間たちと㈱シモグミ設立


2009年 OVA『ルパン三世』ミュージッククリップ集『PLAY THE LUPIN』 <ルパン三世’97> ディレクター

2013-2017年 ヤマハ発動機ブランディングアニメ『Master Of Torque』シリーズ 共同原作 監督 脚本 / Youtube各国語版累計100万再生

2018-2019年 テレビ東京/プレイセットプロダクツ  TVシリーズ『愛玩怪獣』 (全50話) 監督・アニメーション制作

2021年 新作オリジナルアニメシリーズ(公開準備中)  監督